火星の水

マーズ・オデッセイが発見した火星表層の氷

マーズ・グローバル・サーヴェイヤーは,火星表面を探査し,水の流れが作った地形を発見した。この発見で,火星表層に水が存在する可能性が高まった。
NASAは,次にマーズ・オディッセイを火星に送り込み,周回軌道上からのガンマ線スペクトル計で地表を探査して,火星表面の水の量を実際に測った。その初期の観測の解析結果が,2002年に発表された。

まず,どうやって,火星表層に存在する水を,リモート・センシング[解説]によって計測しマッピングするかを説明する。
水を見つけるには,宇宙から地表に降り注ぐ高エネルギー宇宙線を利用する。高エネルギー宇宙線が火星の表面に衝突すると,中性子が発生する。この中性子の一部は,地表の物質に再び吸収されるが,一部は宇宙空間へと飛び出す。このとき表面物質が水素原子を含むと,中性子のエネルギー・スペクトルに影響が出る。また,発生した中性子が火星表層物質と衝突したとき,ガンマ線も発生するので,ガンマ線のスペクトルからもそこに存在する物質の情報が得られる。
そこで,中性子のエネルギー・スペクトルとガンマ線のスペクトルを測定し,水の存在に左右される帯域に着目すれば,水の存在度がわかる。探査機の移動と共にデータを集めれば,水の存在度の地図もできる。
マーズ・オディッセイに搭載されたガンマ線計測装置は,ガンマ線計測器[英語],中性子スペクトル計[英語],高エネルギー中性子線検出器[英語]からなる。

火星のエピ熱中性子分布 (中性子スペクトル計による)。
(Image: NASA/JPL/University of Arizona/Los Alamos National Laboratories)
フェルドマン[解説]らは,中性子スペクトル計 (NS) のデータを解析し,高エネルギー中性子first neutron; E > 100MeV,エピ熱中性子[解説],熱中性子[解説]のカウント数のマップを発表した。熱中性子のマップでは,北極域でカウント数が最も高く,カウント数の低い領域が低緯度側を帯状に取り巻いている。また,南極域のカウント数は低い。エピ熱中性子線のマップをみると,南極域で最もカウント数が低く,低緯度では場所によって大きくばらついている。月のデータと火星のデータを比較すると,エピ熱中性子線のカウント数のばらつきが大きく違うので,ばらつきの原因は火星の表面物質中の水素原子であることが示唆された。

火星のエピ熱中性子分布 (高エネルギー中性子線検出器による)。
(Image: NASA/JPL/University of Arizona/Russian Aviation and Space Agency)
一方,ミトロファノフ[解説]らは,高エネルギー中性子検出器(High Energy Neutron Detector)のデータを解析し,水の存在の指標としてエピ中性子線のカウント数に注目してマップを作成した。エピ中性子線強度の最も高い地域は,南半球のソリス平原で,低い地域は南緯60度より南の地域だった。北半球でも,アルバ火山の北からエリシウム平原にかけての地域でカウント数が低く,水素が多く存在することが示された。
さらに,ボイントン[解説]らは,中性子スペクトル計とガンマ線スペクトル計のデータを合わせて解析した。彼らは,熱中性子とエピ熱中性子のカウント数の緯度変化をもとに,火星のレゴリス層における水の存在度の深度変化を2層構造モデルで解析した。その結果によると,レゴリス層の表層は約1%,深層は約35%の水を含む。表層の厚さは低緯度地域ほど薄くなる。

今回の研究は,火星の表層1 m以内の水を対象としている。しかし,深層にもかなり水が存在することが示唆され,より深い部分のレゴリス層にも,大量の水があるかもしれないという期待をいだかせた。
いずれにしても,北半球のエリシウム平原や南極地域では,地下に大量の水が存在することが明らかにされた。これらの場所は,今後,火星の生命探査などの候補地として注目されるだろう。
参考文献
Feldman, W. C. et al. (2002) Global distribution of neutrons from Mars: results from Mars Odyssey. Science, 297, 75–78.
Mitrofanov, I. et al. (2002) Maps of subsurface hydrogen from the High Energy Neutron Detector, Mars Odyssey. Science, 297, 78–81.
Boynton, W. V. et al. (2002) Distribution of hydrogen in the near surface of Mars: evidence for subsurface ice deposits. Science, 297, 81–85.

© 2002 Gifu University, Shin‐Ichi Kawakami, Nao Egawa.