生命の起源

生命の材料物質を合成する

生命の起源は,長く 〝自然発生説〟 で説明されていたが,1861年のパストゥールの実験が自然発生説を否定した。それ以後,生命起源論は,科学者の関心を引くテーマになった。
アレニウス[解説]は, “生命が宇宙から飛来した” というパンスペルミア説を唱え,オパーリン[解説]は, “原始の海のスープの中で生命を作る材料が形成された” と主張した。しかし,これらの起源論はまだ,実験や観察に基づいたものではなかった。

ミラーの実験装置
(Schoph, J. W., ed. Major Events in the History of Life. Boston, Jones and Bartlett Publishers, 1992. p.8)

酸化還元状態によるアミノ酸生成量の変化。
酸化的⇔還元的
(Schoph, J. W., ed. Major Events in the History of Life. Boston, Jones and Bartlett Publishers, 1992. p.12)
生命起源論を科学的研究にまで高めたのが,1953年のユーレイとミラーの実験だ。彼らは,生命誕生を再現するため,原始大気を水素・メタン・アンモニア・一酸化炭素・二酸化炭素などでつくり,化学反応のエネルギー源として紫外線照射や放電を起こした。そして,実験でできた溶液の中に,生命に不可欠な有機物を多数確認した。彼らの後にも,多くの研究者が似た実験をした。
ところが,新しい太陽系形成論により,原始地球の大気の主成分は,還元的ガス (水素・メタン・アンモニアなど) ではなく,酸化的ガス (二酸化炭素・水蒸気など) だと考えられるようになった。そこで,酸化的ガスでユーレイ‐ミラーの実験をすると,合成されるアミノ酸や核酸の種類や生成量が,激減してしまった。
ユーレイ‐ミラーの実験以外にも,生命の起源に関しては,原始海洋の熱水噴出系を想定したものや,粘土鉱物を考慮したものなど,多くの研究がなされている。
一方,マーチソン隕石 (1969年オーストラリアに落下) には,アミノ酸などの有機分子が発見された。興味深いことに,含まれる有機物の存在度は化学進化の実験で形成される有機物の存在度とよく対応している (表1)。また,ハレー彗星の探査 (1986年) でも,彗星の核に大量の有機物が発見された。こうしたデータに基づいて,生命の起源物質が地球外からもたらされたと主張する研究者も多い。
ミラーの実験の結果 ガスは還元的 (CH4, NH3, H2O)。 
 %は炭素(59 mmol, 710mg)に対して。
 化合物   収量 
 μmol   % 
 グリシン   630   2.1 
 グリコール酸   560   1.9 
 サルコシン   50   0.25 
 アラニン   340   1.7 
 乳酸   310   1.6 
N‐メチルアラニン   10   0.07 
α‐アミノ‐n‐酪酸   50   0.34 
α‐アミノイソ酪酸   1   0.007 
β‐ヒドロキシ酪酸   50   0.34 
β‐アラニン   150   0.76 
 コハク酸   40   0.27 
 アスパラギン酸   4   0.024 
 グルタミン酸   6   0.051 
 イミノ二酢酸   55   0.37 
 イミノ酢‐プロピオン酸   15   0.13 
 蟻酸   2330   4.0 
 酢酸   150   0.51 
 プロピオン酸   130   0.66 
 尿素   20   0.034 
N‐メチル尿素   15   0.051 
 計     15.2 
 
  
隕石の有機物と放電実験比較 グリシンの分子数を100として
〇〇〇〇 >50
〇〇〇  5–50
〇〇   0.5–5
〇    0.05–0.5 
 ×    <0.05
 アミノ酸   マーチソン隕石   放電 
 グリシン   ○○○○   ○○○○ 
 アラニン   ○○○○   ○○○○ 
α‐アミノ‐n‐酪酸   ○○○   ○○○○ 
α‐アミノ酪酸   ○○○○   ○○ 
 バリン   ○○○   ○○ 
 ノルバリン   ○○○   ○○○ 
 イソバリン   ○○   ○○ 
 プロリン   ○○○   ○ 
 ピペコリン酸   ○   × 
 アスパラギン酸   ○○○   ○○○ 
 グルタミン酸   ○○○   ○○ 
β‐アラニン   ○○   ○○ 
β‐アミノ‐n‐酪酸   ○   ○ 
β‐アミノイソ酪酸   ○   ○ 
γ‐アミノ酪酸   ○   ○○ 
 サルコシン   ○○   ○○○ 
N‐エチルグリシン   ○○   ○○○ 
N‐メチルアラニン   ○○   ○○ 

細胞の誕生

生命は生きている状態を維持するため,外界から物質を取り込んで,エネルギーを獲得したり,必要な化合物を合成したりする。これを代謝という。
生物の代謝反応は酵素による反応で,酵素は多くのアミノ酸が結合したたんぱく質である。
そして,アミノ酸からたんぱく質を合成するための情報は,遺伝子に記録されている。遺伝子はDNAでできており,RNAを介してたんぱく質が合成される。
さらに,生命は細胞からできている。一つひとつの細胞の中に遺伝子があり,代謝がされている。細胞は細胞膜で包まれていて,それは脂質でででている。
したがって,生命が発生するためには,酵素反応を担うたんぱく質,遺伝情報を記録する核酸 (DANとRNA),細胞膜を作る脂質が不可欠である。
たんぱく質を作るには,DNAの遺伝情報を元にする必要があるが,DNAを作るには酵素が必要だ。1980年代に,RNAの中に,遺伝情報を記録しかつ酵素として機能するものがあることが発見された。それに基づき, “現在のDNA生命に先立って,RNAが遺伝と代謝を担うRNA生命が存在した” という仮説が提案された。これをRNAワールドという。
その一方で,ダイソン[解説]は, “遺伝より先に代謝が成立した” とし,たんぱく質ワールドと名づけた。細胞の起源には,まだこのように多くの考えがある。

生命は熱水で誕生した

オパーリンは,生命が有機物に富んだ原始海洋で発生したと考えた。しかし,海は広大であり,生命の誕生の場としてどんな場所が最適かをもう少し突き詰めて考える必要がある。
簡単なアミノ酸分子が重合して分子数の長いたんぱく質ができるためには,重合反応という脱水反応が起こる必要がある。脱水反応が起こる場所として,磯のような場所で,繰り返し海水が干上がったり供給されたりする場所が考えられる。
生命誕生の場を明らかにするには,このように,化学進化の進行しやすい場所を考えるのが,唯一の方法だった。しかし,1990年代になって,分子生物学的な研究から新しい視点が提示された。
現在地球に生息するすべての生物を一つの系統樹に表し,最も始源的な生物の性質を推定すれば,生命誕生の場について手掛かりが得られる。
原核生物から真核単細胞生物,多細胞生物である動物,植物,真菌類を含めて,ひろく共通して生命活動に重要な役割を担る分子として,リボソームRNAがある。その塩基配列の比較から系統樹が作られた。得られた系統樹には,共通の祖先から枝別れした2つの原核生物のグループがあり,その一つのグループから真核生物が派生していた。系統樹の根元近くには,高温環境に適応した細菌が位置し,根本に最も近い生物は,超好温性細菌だった。
地球の歴史の中で初期に出現した生物に近い生物ほど高温に適応しているということは,時代をさかのぼるほど地球が高温だったということである。共通祖先に近い原核生物は,温度が60° 以上の,温泉が吹き出す環境で見つかったものが多い。このことは,初期地球の生物が海底の熱水噴出系のような環境に生息していた証拠である。
これまでに発見された最古の生物は,西オーストラリアのピルバラ地域で発見された,35億年前の微生物の化石である。この生物は,光合成をして酸素を出すシアノバクテリアと形が似ていたので,浅海域に生息し光合成をしていたと推察されていた。
ところが,日本の研究グループが化石の発見されている地域の地質を詳細に調べた結果,この地域は当時の中央海嶺であり,高温の熱水が噴き出していたことが明らかになった。少なくとも,現在知られている最古の生命化石が熱水噴出系の環境で生息していたことは,分子生物学の結果と符合している。

© 2002 Gifu University, Shin‐Ichi Kawakami, Nao Egawa.