石 材 〜死んだ後にも世話になる〜
 地表に現れた花こう岩は,それなりに地表での影響を受けていますが,堅固な状態をそのまま利用することで石材という資源を提供してくれます。


≪石材としての花こう岩≫
 石材としての花こう岩は「みかげ石」と呼ばれます。かえってその名称の方が親しまれていて, 正式な岩石名と思われているかもしれません。日本各地の花こう岩が石材として多方面に使用されるようになって,「万成みかげ」,「岡崎みかげ」,「蛭川みかげ」など,採掘地の後に“みかげ”をつけるようになったといわれています。

 花こう岩を石材としてみると,大量に得られること,均質で美しい石面や堅固で新鮮な石面が得られること,比較的大きな等方体の岩塊が得られることなど,大型建造物の素材として多くの利点をもっています。
 豊臣秀吉による大坂城の築城に際して,瀬戸内海の各地で大量に切り出されて舟で運んだ例や,同じ瀬戸内海の広島県倉橋島から切り出されて,国会議事堂の外壁に使われた例など, 有名な大型建造物への利用例は数多くあります。いずれも“権力の象徴”を感じさせる役割を担わせているようです。

いずれ私もお世話になります!
 身近なところでも,門柱や墓石などにきわめてポピュラーに使われています。花こう岩には死んだ後も世話になるようです。やはり日常生活の中では,石材を通じて岩石と触れる機会が多いようで,“みかげ石”という名称でそれほど違和感なく受け入れられる理由もそこにあるようです。とはいえ,世の中の石材をすべて“みかげ石”と呼んでしまい,そのまま花こう岩と思い込んでしまっては困ります。花こう岩としての特徴を理解した上で石材に接すれば,そのようなことにはならないと思いますが。



≪花こう岩の切り出し≫
 花こう岩の岩盤から石材を実際に切り出す作業はそれほど容易なことではありません。昔からいろいろな工夫をして切り出してきました。


中津川市蛭川にある丁場跡
 花こう岩の採掘切出場を“丁場(ちょうば)”といいます。岐阜県の中津川市苗木地区から蛭川地区へかけての地域には多くの丁場があり,そこでは現在も花こう岩の切出し作業が行なわれています。

ドリルによる穴あけ(中津川市蛭川)
 岩石中の割れやすい特殊な方向を“石目(いしめ)”といいます。これは鉱物の配列に関係したり,岩体冷却の収縮に関係するといわれていますが,花こう岩において実際にこれを目で確認することはかなり難しいです。石工職人さんはこの石目を見抜いて,岩石をうまく分割していきます。昔は,ノミで石目にそって浅い穴をあけていましたが,現在は圧搾ドリルであけています。

開けられた穴にクサビを打ち込むことで分割されていく(中津川市蛭川)
 石目に沿ってあけられた穴に“矢”と呼ばれる小型のクサビを入れて,それを順番に大型ハンマーでたたいていくと,石目に沿って岩石がうまく分割されていきます。

分割された巨大な石の柱
(中津川市蛭川)
 分割の規模は用途に応じて異なりますが,地殻変動の激しい日本では,堅く均質にみえる岩石でも割れ目が入っていることが多く,あまり大きな石材を得ることはむずかしくなります。特に,細長い柱状のものは途中で折れることになりますから,大きさに限度があります。かつて中国・福建省(台湾のほぼ対岸にあたる地域)でみた石材には,道路際の電柱として花こう岩の細長い石柱が使われていました。

切断中の大型カッター
(中津川市苗木)
 丁場で切り出された(分割された)大型の岩塊は,現在では大型カッターで切られています。カッターの円盤にはダイヤモンドが埋め込まれており,それを高速で回転させて,水をかけながら切断していきます。この小型版にあたる装置は,実験室内での岩石切断に使用され,岩石薄片の作成などにとって必需品となっています。

切出された巨大な石の板
(中津川市蛭川)
 大型カッターで切られた薄い板状の石材は,表面をきれいに研磨して,ビルの外壁材などに利用されています。「ビル街」には,意外にも天然の岩石が見やすい状態で並べられている例がかなり見受けられますから,注意しておくと貴重な教材になると思います。



≪こんな石材もあります≫
 花こう岩は多様な用途をもつ石材ですが,花こう岩で作られた置物や花瓶といった少し変わった用途を紹介しましょう。いずれも花こう岩がもつ素材の特徴を活かして作られています。昔から岩石を少しづつ削って芸術品にしていく彫刻はありましたが,岩石を自由自在に加工できる技術が得られるようになったのは最近のことです。





写真:岐阜県花崗岩販売協同組合による製品展示会(2005年春)で撮影


中津川市蛭川において偶然通りかかった道路沿いで見つけました。このお宅の許可を得て撮影したわけではありません。
 中津川市蛭川は石材の街ともいえるところですが,左の写真はそこならではの光景でしょうか。巨大な板状の花こう岩を,ほとんど加工することなく並べて民家の外壁としてしまったものです。ピラミッドや城壁に用いた石材のイメージに共通するものを感じます。やはり岩石は人間の生活と深く結びついた自然物なのでしょう。



≪石材の意味≫
 遡れば石器時代の“石器”も石材の部類に入ると思いますが,石材は人類最初の地下資源といえるでしょう。石塊を集めてただ積み上げたものもあれば,ピラミッドのように整然と積み上げた建造物もあります。石材を供給するための技術の発展が不可欠になりますが,時代とともに装飾石材やモニュメントなど広範囲な利用がなされてきました。

 岩石という素材は,重いために移動手段・距離に限界があります。ほぼ無尽蔵にありますから,大量に使うことができます。堅固であるために,壊れては困るものに使われます。そして,いつまでも変わらないために,将来にわたり不滅なものに使われます。これらは,岩石が身近で入手できる永久不滅な素材というすばらしい特徴を備えていることを示しています。その割には扱われ方が粗末なような気がしますが。

岐阜大学地学研究室の石捨て場「他山の石」
教育・研究用に採取してきた岩石試料が不用になり,“大地へ返された”ものです。でも産業廃棄物のような問題は生じません。
 粗末に扱われてもビクともしないのが岩石ですから,石材として人類の歴史を築き上げてきたわけです。それには生活の土台としての役割が基本にあると思いますが,ある時は権力の象徴として,ある時は記念碑として,その他いろいろな場面でそれぞれの役割を演じてきました。
 これを環境という立場からみると,切断程度の加工は施されても,自然界の状態をそのまま利用していることになります。それは利用しづらいという側面を持ちますが,利用するまでの過程や利用中,利用後も周囲への影響がほとんどないという側面も持ちます。他の資源がその利用にあたって何らかの形で周囲に影響を及ぼしているのに対して,これは重要な特徴だと思います。