≪石を意識する!≫
 “石”という用語と“岩石”という用語はほぼ同義語と考えていいと思いますが,後者のほうが一般的な表現であり,その小片(かけら)を“石”と呼んでいるようです。あまり気にすることではないと思われますが,“石”あるいは“石ころ”の方が馴染みのある表現なのかもしれません。

 人間の体は,炭素(C),窒素(N),酸素(O)などからなるタンパク質をもとにして作られた臓器や,カルシウム(Ca)を主成分とする骨などから成り立っています。人間の体を「岩石」とするなら,臓器や骨は「鉱物」にあたります。岩石は,『地球の表層部を構成する物質で,数種の鉱物の集合体』と定義されています。
 スポーツ競技では,金・銀・銅というランク付けが行なわれています。世の中では,なぜかそれらの上にダイヤモンドが位置づけられています。こうしたランクはおそらく経済価値や希少価値からきているのでしょう。残念なことですが,私たちの身の回りに転がっている石がこれらより上に扱われるようなことはまったくありません。ひょっとすると銅の次という保障もないかもしれません。それは単に日常的だからでしょうか。
 話の喩えとして,“石”や“石ころ”は「どうしようもないもの」,「役立たないもの」というイメージで使われています。決して「良いもの」,「役立つもの」というイメージはありません。石は,代わりばえせずにどこにでもあり,価値のないものとしてとらえられているようです。しかし,私たちの生活にとって,石は本当に無用でどうでもよいものなのでしょうか。役立つものだからこそ日常的なのではないでしょうか。

岐阜大学キャンパス内のサクラ
 日本人なら誰でもサクラの花を知っており,おおよそ共通の理解があります。少なくとも他の花とは区別できるようになっています。生活上のいろいろな場面でサクラの花を意識しているから,その名前と実物が一致して理解されているのでしょう。
 では,石の名前はどうでしょうか。“石”や“石ころ”で済まされ,その中味を敢えて区別する必要がないように扱われている場合が多いようです。それは世の中の花をすべて“花“の一言で済ましていることと同じになります。それは,石(イシ)が生活上の場面で意識(イシキ)されていないことを物語っています。



≪岩石の分類≫
 岩石名はいろいろある特徴や性質を一言で表現する手段のようなものですから,本来は「***という特徴・性質をもつ岩石を○○岩と呼んでいる」はずです。それが,逆転して「○○岩は***という特徴・性質をもつ」となり,“覚えさせられる名称”になってしまうようです。「***という特徴・性質」こそが分類の基準になるものですから,それを理解したうえで,そのなかで必要最低限の内容を知っておけば,それほど苦にならないことだと思います。覚えるための分類は誰にとっても面白くありません。

 岩石は,成因を基準にして,基本的に「火成岩」・「堆積岩」・「変成岩」に分類されます。こうした大まかな分類でも,でき方に基づく特徴や性質を示してくれますから,岩石を理解する上で有効な手がかりを与えてくれます。現在の中学理科では,こうした分類すら学習しなくなりました。何故そのようになったのかを考えてみる必要があります。
 私たちの身の回りには,砂岩や泥岩のような堆積岩が多く分布しているとの印象があります。それは間違いではありませんが,堆積岩の大部分や変成岩は,すでに存在していた岩石が削られたり,変化してできる岩石ですから,もとの岩石はすべて火成岩ということになります。岩石のでき方からすると,火成岩を中心にして,それを出発点として理解するとすっきりするかもしれません。
 推定の根拠や範囲により具体的な数値は異なりますが,地殻を構成する岩石のうち,火成岩が圧倒的に多くの割合を占めていることは間違いなく,20kmの深さまでであれば95%以上が火成岩であるといわれています。これから扱おうとしている花こう岩も火成岩に属する岩石です。



≪河原の石の学習≫
 岩石の学習において,河原の石(河床礫)の観察がよく行なわれます。確かに河原には多種多様な岩石がありますし,それらは流水にさらされて観察に適した岩石表面を提供してくれますから,好条件を備えた教材になります。ところが,名前を教えてもらうと安心してしまい,肝心の岩石の観察をおろそかにしてしまうことがよくあるようです。岩石のみかけの姿はかなり変化しますから,普遍性のある観察ポイントをつかむことが大切であり,それに基づく岩石名でなければなりません。その場限りの知識で終わらせるようなことをしても意味がありません。名前を知るだけでわかったような気分になるのは,資料をコピーするだけで読んだような気分になるのと似ています。


岐阜市内の長良川の河原において普遍的にみられるチャートの礫
 河床礫の種類は,原則として河川の上流の地質環境だけしか反映しませんから,河川によって河床礫の種類は大きく異なり,観察できる岩石種が限定されることになります。教える側がそれをきちんと理解していれば問題ありませんが,河原へ行けばどんな岩石でも見られると思っている人が意外に多いようです。

岐阜市内の長良川の河原でまれにしかみられない花こう岩の礫
 河床礫には,本来はその河川にあってはならない種類の岩石が含まれている場合があります。例えば,上流での護岸工事などに他から持ち込まれた岩石が河床礫として転がっていることがあります。ただし,そうした岩石は本来あるべき岩石に比べて圧倒的に少ないはずです。しかし,上流にわずかに分布する岩石が河床礫としてわずかに見られることもありますから,注意が必要です。

岐阜市内の長良川の河原でみられたコンクリート片
 現実の河原にはいろいろなものが転がっています。もちろん,岩石以外のものもありますが,河床礫と思われるものの中にはコンクリート片もあります。これは自然物ではありませんから,岩石ではないことになりますが,名前を付けたくなるような顔つきをしています。

岐阜市内の長良川の河原でみられた白色の均質で堅固な印象の礫ですが,チャートとは異なるようです。何でしょうか。
 流水等による磨耗に対して強い岩石が河床礫として残りやすい傾向になりますから,特殊な部分だけが礫として残さているような場合もあります。それらは岩石全体からみると普遍性のない特殊な顔つきを示し,それだけ周囲の岩石よりも目立つことが多いようです。河床礫には,岩石本来の姿からみると決して全体像を示してくれる標本ばかりではないこと,岩石の学習としては不適切なものをかなり多く含むことを知っておくべきでしょう。