濃尾平野 〜花こう岩がもたらした平野〜
 濃尾平野は日本でも大きい部類に属する海岸平野ですが,じつは,この平野は花こう岩がもたらした平野です。そこでは花こう岩のおかげで生活できていることになります。


≪濃尾平野へ注ぐ木曽三川≫

 濃尾平野に注ぎ込む主要な河川は,木曽三川と呼ばれる木曽川・長良川・揖斐川の3河川です。河川の規模は,どれだけの範囲の水を集めて流れてくるか,すなわち流域面積で決まります。木曽三川の中では,木曽川の規模が圧倒的に大きく,それは日本で5番目に入るものです。
 流域面積が広いことは,流量が多いことになり,それはそのまま河川の土砂運搬力となります。濃尾平野では,木曽川によって運ばれてくる土砂の量が他の2河川よりもかなり多いことになります。



≪木曽川の役割≫

 木曽川は,美濃加茂市において本流に匹敵するほどの支流である飛騨川と合流します。どちらの河川も飛騨山脈(北アルプス)から流れ出ています。飛騨山脈は,木曽山脈(中央アルプス)や赤石山脈(南アルプス)とともに急峻な地形をなし,日本列島において有数の隆起地帯にあたっています。
「出る杭は打たれる」ように,隆起すればするほど削られていきますから,隆起量が大きいことはそのまま削剥(浸食)量が大きいことを意味しています。すなわち,木曽川上流地域は削剥量の多い地域となります。
 木曽川の上流から中流にかけての地域には花こう岩が広く分布しています。長良川や揖斐川の流域にはそれがほとんど分布していません。木曽川流域では,マサ化した花こう岩が大量の砂粒(土砂)を用意しており,それらが浸食されやすい地域に分布していますから,大量に削られた土砂が木曽川によって下流へ運び出されています。

濃尾平野の地形区分(井関,1985を簡略化)
 木曽川の流れに乗った土砂は,途中で大規模に堆積する場所を持たないまま,濃尾平野まで運搬されてきます。濃尾平野では,流速の低下にともなって粗いもの,重いものから順に堆積していきます。それに応じて,最初に扇状地を,その下流側には自然堤防を,そして流れが止まる河口付近には三角州(氾濫低地)をそれぞれ形成します。長良川や揖斐川の流域でも同様の地形構成になっていますが,それらに比べて木曽川が作った扇状地は大きく,自然堤防の分布密度も高くなっています。これは,木曽川がそれだけ多量の土砂を供給していることを示しています。



≪平野の“入れ物”づくり≫

 河川の下流部においては,供給された土砂を蓄える“入れ物”が用意されていないと,土砂はそのまま海へ流されていってしまいます。その容器は,自然界が一定の範囲の大地を沈降させていくことで造っていきますので,堆積盆といいます。
 一般に,日本の海岸平野では(じつは山間盆地でも),この堆積盆を造る運動が起こっていることで平野なり盆地が形成されています。山岳地帯が隆起運動の場であるなら,平野や盆地は沈降運動の場であると理解しておくと,見慣れた光景も動的に捉えることができるでしょう。ただし,すべての平野や盆地が沈降運動の場というわけではありません。例えば,山間盆地として有名な高山盆地では沈降運動はほとんどなく,その意味では盆地ではないことになります。
 濃尾平野における沈降運動は濃尾傾動運動と呼ばれています。濃尾平野と西側の養老山地との境界に北北西−南南東方向に養老−伊勢湾断層と呼ばれる活断層が走り,それによって濃尾平野側が沈降し,養老山地側が隆起しています。濃尾平野地域は,東側(猿投山塊)で隆起しているために,全体としては西方へ傾いていく運動,すなわち傾動運動をしています。
 この運動は100万年ほど前から本格化し,現在も進行中であり,その平均の速さは年間0.5〜0.6mmと考えられています。その結果,平野へ流れ込む河川は西方へ偏る傾向になり,運び込まれる土砂も平野の西部に厚く堆積していくことになります。



≪花こう岩と濃尾平野≫
 濃尾平野を構成する土砂は,おもに木曽川流域に分布する花こう岩を原資として作られ,濃尾傾動運動により造られた堆積盆へ木曽川によって運び込まれたものですから,濃尾平野は花こう岩がもたらした平野となるわけです。

 木曽川が運び込んだ土砂は,まず広大な扇状地を形成しましたが,それに濃尾傾動運動が加わっていますから,木曽川は扇状地の上でその北端を西へ向かって流れる傾向になります。その流路は北側・西側(岐阜県側)へ傾斜した斜面の途中になりますから,木曽川が増水して溢れると,愛知県側よりも岐阜県側へ流れ出ることになります。
 濃尾平野は,輪中で知られているように,常に水害に見舞われる地帯とされています。しかし,その実態は木曽川よりも北側あるいは西側の岐阜県側に限られています。その理由は上述の通りですが,西方へ流れようとする自然立地要因に,御囲堤という人為的な要因も加わり,濃尾平野における岐阜県側はみごとに「花こう岩のおかげ」で水害常襲地帯という環境が作られていることになります。