「土地の変化」を通して学習すべき自然観

「土地の変化」において,地震とともに起こる大地の変化をとりあげる理由は,断層という理解しやすい変化が生じるからです.それが現在でも確認できる『根尾谷断層』は格好の学習材料となります.同時に,『根尾谷断層』では,濃尾地震以前から繰り返され,積み重ねられてきた大地の変化も確認できます.それは,万年単位の過去へさかのぼることで,自然界の時間的スケールを把握する学習材料を提供してくれます.さらには,河川流路や山地斜面などに現れる断層地形が生活に深くかかわる場面を作り出しているという重要な視点も提供してくれます.
「土地の変化」は,最終的には人間の生活,自分の生活と結びつけて理解されなければならないテーマです.小学生の段階でそこまで到達することは無理でしょうが,この段階から中学生あるいはその先での到達点を意識した学習を心掛けることが大切になります.自然現象に対する理解が自分の問題として捉えられなければ,物語として聞かされる自然,仕方なしに覚えさせられる自然になりかねません.それは,災害問題や環境問題にとっては致命的な状況を作り出すことなもなります.

風林火山の旗
武田信玄の掲げた『風林火山』を記した『孫氏の旗』

1. 「動くこと山のごとし! 」

戦国武将,武田信玄の名言「動かざること山の如し」は,昔から動かないものの代表として山 = 大地がイメージされてきたことを物語ります.大地はわれわれの生活の土台であり,簡単に動いては困るという願望も込められているようです.
有感地震がほとんどない国と異なり,日本では子どもの時から地震を通じて大地が動くことを体験しています.「土地の変化」がまったく想像を超える世界でないことは,学習の前提としては好条件にあります.しかし,日本でも,実際には「動かざること山の如し」という感覚になっています.さらには,大地のことを忘れ去るほどの対象になっています.なぜでしょうか.

地球の歴史46億年を1年に喩えたら
46億年前1月1日0時
40億年前2月中旬
30億年前5月上旬
20億年前7月下旬
10億年前10月中旬
1億年前12月24日頃
1000万年前12月31日5時頃
100万年前31日22時頃
10万年前23時49分頃
1万年前23時59分頃
100年前23時59分53秒頃
100年前23時59分59秒頃
現在12月31日24時

2. 時間スケール

濃尾地震とともに大地が6~9 mずれました.それが5000年に1回の割合で100回も起これば,50~100万年で垂直ずれなら約1000 mの山が,水平ずれなら1 kmほどの屈曲地形が形成されることになります.実際には浸食作用がありますからこのようにはなりませんが,それに近いことが現実の風景の中に見出せます.
50~100万年という時間は地球の歴史46億年としてみれば一瞬にすぎず,地球の歴史を1年に喩えると,100万年前は年が終わる約2時間前になります.この100万年という時間は,大地が変化していく期間としては最小の時間単位と考えてよいものです.しかし,人間はその1万分の1程度の瞬間しか生きていられません.現在の大地のすがたを形成するのに必要な時間は,人間の生活時間を少なくとも1万倍にして考えなければなりません.
大地は人間の時間スケールとはまったく異なる長大な時間スケールで変化していますから,大地が動く ( = 変化する) ことを知りつつも,「動かざること山の如し」という感覚になるのです.今現在,人間が見ている大地のすがたは,長い時間をかけて変化していく過程の一瞬であり,人間はその一瞬をともに過ごしているにすぎないことになります.

地球の半径6400 kmを100 mに喩えたら
6400km100m
100km1.56m
30km47cm
1km1.56cm
1m0.017mm

3. 空間スケール

根尾谷断層系は延長約80 kmにもおよびますが,1本の連続した活断層としては30 kmほどの長さです.それはおおよそ岐阜~名古屋間の距離ですが,それを地下へ向かってとると大人でも理解できない世界となります.しかし,それは地球の半径約6400 kmからみると,表面近くのきわめてわずかな部分でしかありません.これを100 mに喩えると,30 kmはわずか47 cmにすぎません.
仮に,30 km四方の平面が10 mほどずれたとしても,それはかぎりなくゼロに近い値です.断層という大地の変化は,地球のきわめて表面付近の,その中でもきわめて微小な傷でしかありません.そのとき起こる地震動は,どのように大規模でも地球表面のごく一部を強く揺するだけです.しかし,その無視してもよいような変化に人間の生活空間は重大な影響を受けています.

4. 地球と人間の接点

「土地の変化」を通じて,人間は地球の運動のなかでごく一瞬の時間ときわめて限られた空間を共有しているに過ぎないことが明らかにされます.こうしたわずかな接点しかないにもかかわらず,地球が作り出すわずかの変化が人間の生活を危うくします.昔から,恐ろしいものの順序として「地震・雷・火事・***」と言われてきました.4番目は人によって異なるようですが,地球の鼓動として地震を代表させ,それを最初に掲げる理由はやはり明確であり,これも地球と人間の接点です.
その一方で,人間は,活断層がつくりだした地形を交通路や耕作地として生活に巧みに利用してきました.大地の変化を無意識のうちに生活に取り込んでいます.これも人間との接点です.

5. 災害と生命

科学的にどのように完璧に地震現象を理解できたとしても,地震を止めることも,その規模を小さくすることもできません.それでもわれわれが地震を理解し,そのもとになる大地の変化を理解しなければならないのは,地球が人間にとって唯一の生活の場所であり,人間は地球の上でしか生きていけないからです.
人間は,自然界のわずかな時間だけ,わずかな空間だけを使わせてもらい,そこで生きさせてもらっています.だから,あらゆる面で自然界とうまく付き合っていかざるを得ないのです.付き合うためには相手を知ることがまず大事であり,それは人間どうしの世界と同じです.それは一人一人が生きていくために避けて通れない課題ですから,基本的な知識として教育されなければなりません.そこへむけてのスタートが「土地のつくりと変化」になります.