炭素循環: バイオポンプの重要性
氷床コアによると,温暖な完新世 (1万年前–現代) の間にも大気中のCO2濃度は約20ppmv (体積100万分率) 変動した。その原因は,海水面温度の変化と,陸上のバイオマスの変化である (Indermuhle et al., 1999)。
氷期‐間氷期サイクルに対応しては,100 ppmvもの変動がある。氷期にCO2を減らすプロセスが存在するようだ。しかし,CO2の行方を考えると,海水面温度の低下による海水への溶け込みが−30 ppmv,海水の塩分濃度の変化による変化が+6.5 ppmv,陸上のバイオマスの縮小による変化が+15 ppmvで,合計するとわずか−8.5 ppmvである (Sigman and Boyle, 2000)。
では,氷期に何がCO2を減らしているか。考えられるのは,炭酸塩鉱物の形成と,バイオポンプ (海洋表面で光合成微生物が作った有機物を海洋底へ運ぶ機構) の二つである。しかしこのうち,炭酸塩鉱物の形成によるCO2の固定は,海水の化学組成を変えるはずだが,CCD (海水の炭酸塩濃度の指標) は大きく変化していないので,炭酸塩鉱物の形成は重要ではない。
一方,バイオポンプは,南氷洋で重要な役割を果たしている可能性が高い。そのメカニズムには2つの説がある。
一つの説 (Sigman and Boyle, 2000) では,氷期に栄養塩類が増加して,微生物の光合成が活発になり,CO2が大量に固定される。出来た有機物は,バイオポンプによって海洋底へ堆積する。同時に,表層海水が安定成層して深層水が沸き出なくなり,海洋 (とくに深層水) から大気へのCO2供給が減る。これらにより,CO2濃度が低下した。
もう一つの説(Elderfield and Michaby, 2000)では,氷期に南氷洋が大きく氷床に覆われ,大気‐海洋間の相互作用が低下した。
どちらが正しいかはまだわからない。しかし,ハインリッヒ・イベントで海洋深層水循環が停止したときに大気中のCO2濃度が増加している (Stauffer et al., 1998) ので,海洋循環が炭素循環に大きな影響を与えていることは疑いない。
地球温暖化が引きおこす海洋循環や炭素循環の変化を調べたモデル研究によると,温暖化が海洋深層水循環を止めると,大気中のCO2濃度が加速的に増加する(Sarmiento and Quere, 1996)。また同時に,バイオポンプによるCO2吸収能力が低下するので,いっそうの温暖化へと向かう可能性が指摘されている (Sarmiento et al., 1998)。
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