多細胞動物の出現

化石の記録によると,カンブリア紀にとつぜん多くの動物が出現した。このことは,ダーウィン[解説]の時代にも知られていていた。
最近の研究によると多細胞動物の出現は,6億年前の先カンブリア時代末だ。最近になって, “動物の出現に先立つ時代に地球表面が全面的に凍結した” とするスノーボール・アース仮説が提案された。

動物の起源論

ヘッケル[解説]は,ダーウィンの 『種の起源』 を読み,進化論の意義をいち早く読みとった。彼は, “進化が単純な生物から複雑な生物へと進んだとすれば,受精卵が分化して成体に成長するまでのプロセスに多細胞動物の進化が刻まれている” と考えた。彼の考えは, “個体発生は系統発生をくり返す” と言われる。ヘッケルは,仮想的な祖先動物を考え, 〝ガストレア〟 と名づけた。この説は 〝べん毛虫起源説〟 とも呼ばれ,海綿動物や刺胞動物が祖先的動物だとされてきた。最近では,分子生物学的方法で動物の系統関係が解析されるようになり,遺伝子の発現のしくみに基づいた多細胞動物の起源論が大きく進展した。

蘇る化石記録

先カンブリア時代の終わりに,最古の多細胞動物として,エディアカラ生物群が出現した。大きなものは直径1メートルにも達するが,薄い平板状で,活発に動き回って生活していたようには見えない。エディアカラ生物群は,5億4300万年前のカンブリア紀の始まりには衰退し,かわって三葉虫などの多様な動物が繁栄した。カナダのバージェス頁岩や中国の澄江チェンチアンの砂岩からは,アノマロカリスやオパビニアなどの大型動物が発見された。こうした大型捕食動物の出現に合わせるように,多くの動物が鉱物質の外骨格をまとうようになった。エディアカラ生物群は,新たなに出現した捕食動物に食い尽くされて絶滅したとも言われている。
化石の形態の変化には,いくつかの傾向がある。体のサイズが大きくなった。ホメオボックス遺伝子 (多細胞動物の発生と形態形成をになう遺伝子の発現をコントロールする調節遺伝子群) が複雑化した。硬骨格を獲得した。さらに食物連鎖が複雑化し生態系が変化した。
生物学的な環境が大きく変わったことが読みとれる。

地球環境の変化

生物進化は地球環境の変動と密接に関わってきた。多細胞動物の出現を促した環境要因としては,大気や海水中の酸素濃度の増加,海水組成の変化,氷河時代の到来とその後の温暖化,海水準の上昇による浅海域の拡大などが重要視された。
中でも, “8億年前から6億年前にかけて,気候が寒冷化して地球表面が全面的に凍結した” とする 〝スノーボール・アース仮説〟 が最近提案された。 “地球表面が完全に氷床で覆われたら生物は生きていけない” という反論も多い。
この時代の地層には,
  • 世界中の大陸に氷河堆積物がある。
  • 古地磁気学的データから,それらは低緯度で堆積した。
  • 氷河堆積物の上に,温暖な環境で堆積する炭酸塩岩がある。
という大きな謎があった。しかし,こうした謎が,地球が全面的に凍結したと仮定すれば統一的に説明できるとして,スノーボール・アース仮説が注目されるようになった。もしこの仮説が本当だとすれば,先カンブリア時代後期の全球凍結事件と多細胞動物の出現は,地球史・生命史における極めて大きな事件である。

キーワード

カンブリアの大爆発
カンブリア紀になって,多くの動物が出現した。この多細胞動物の爆発的適応放散を 〝カンブリアの大爆発〟 という。グールド[解説]が,この時の動物多様化事件が実際に爆発的だったことを,バージェス頁岩動物群の奇妙な動物たちとともに紹介して一躍有名になった。
氷河堆積物
氷河の作用で運ばれた細かい粘土や砂と大きな礫が混然と堆積した地層。先カンブリア時代の氷河堆積物は,低緯度で堆積したことや,現在のサンゴ礁のような環境で堆積する炭酸塩岩で覆われていることから,土石流によって運ばれた地層だと異論を唱える研究者もいた。
古地磁気学
地層や岩石の磁化から地質時代の地球磁場を研究する学問分野。地球は棒磁石と似たような形の磁場をもっていて,その極は地軸に近いところにある。棒磁石を糸で吊すと,低緯度ではほぼ水平だが,高緯度地域ほど大きく傾いて,極地ではほぼ鉛直になる。その傾斜角は緯度でおおよそ決まるため,地層の磁化からその地層が堆積した緯度がわかる。

© 2005 Gifu University, Shin‐Ichi Kawakami, Bunji Tojo, Nao Egawa.