ベドー・ハイ-火山か衝突構造か?

古生代ペルム紀末の生物大量絶滅は、顕生代でもっとも被害が大きかった。その原因を巡ってさまざまな仮説が提示され、熱い論争が続いている。この生物大量絶滅の原因として、シベリアの洪水玄武岩の活動との関連性が注目されてきたが、巨大な天体が衝突したためであるとする仮説も根強い。2004年10月22日付けの「サイエンス」誌に、天体衝突説を巡って新たな批判と反論が出されたが、皮肉にも批判を突きつけたのは衝突地質学者であった。
批判を受けたBeckerらは、これまでに、西南日本で採集した黒色泥岩を含めていくつかの地点で採集した試料からフラーレンという炭素原子が60個かご状(サッカーボール状)に結合した物質を検出し、かご状構造の中に取り込まれていた希ガスの同位体比を分析して、地球外物質が含まれるという分析データを発表している。このことは、ペルム紀末の生物絶滅の原因が天体衝突によるものであることを示唆しているが、この分析については多くの批判が出されている。
ベッカーらは、最近西オーストラリアの北西沖のベドー・ハイ(Bedout High)という地殻構造が天体衝突による構造であることを、この地域で行われたボーリング掘削試料の分析に基づいて提案し、論争の火種を拡大した。このコアにはブレッチャ(角礫岩層)があり、非晶質のガラスや長石が非晶質化したマスカレナイトと呼ばれる鉱物が含まれることをその根拠にしている。彼らは、この衝突構造がペルム紀後期から三畳紀初期にできたものであるとして、生物大量絶滅との関連性を論じている。しかし、この構造が生物大量絶滅を引きおこすほど大規模なものであるか、その形成年代が生物大量絶滅が起こった時期と符合するかなど、多くの問題を抱えている。
まず、顕生代の生物大量絶滅事件について、精力的に研究を行っているP. Wignallらは、問題の衝突構造から1000km南の地点で掘削されたコアを解析し、P/T境界に相当する層準で、天体衝突の証拠が見つからなかったことから、生物大量絶滅の起こった時期に天体衝突はなかったとした。また、衝突構造の物理過程を研究している研究者たちは、問題の構造が大規模衝突構造に見られる地質構造とは大きく異なることや、形成年代の推定に用いたデータの信頼性に疑問を投げかけている。この批判論文の執筆者には、フラーレンの発見の論文の共著者となったM. R. Rampinoも加わっていることは、Beckerが苦しい立場に追い込まれたことを物語っているように見える。
さらに、批判の前面にオーストラリアの衝突地質学者A.Gliksonも立ちあがった。Gliksonは、オーストラリアの衝突構造について長期にわたって関わり、天体衝突と地球の進化について論じている、いわば衝突構造の専門家の一人である。Gliksonは、Beckerらが用いたコア試料の一部について岩石学的、鉱物学的検討を行って、衝突の物証とされているラメラ構造をもつ石英粒子、衝撃変成でできる高圧鉱物であるコーサイトやスティショバイト、高い白金属元素濃度、などのいずれも見つかっていないことを述べ、非晶質のガラスと長石(マスカレナイト)についても衝撃波によるものであるとする見解を退け、最終的にベドー・ハイを火山活動でできた構造であると結論づけた。これに対し、Beckerらは、非晶質のガラスと長石の特徴を述べて、天体衝突によってできたとする議論を繰り返している。
これまで地球上で見つかっている多くの衝突構造は、それが火山活動によるものか天体衝突によるものか長い論争があった。衝突構造を裏づけるには、衝撃を受けた鉱物粒子や、衝突によってできた特徴的な破断面をもつ岩石(シャッターコーン)など、多くの人々を説得する証拠の提示がどうしても必要だ。今回サイエンスに掲載されたGliksonとBeckerらのやりとりを見るまでもなく、ベドー・ハイ構造を含めてBeckerらが提示した物証について、衝撃変成作用に詳しい研究者によって追試される必要がある。
実際、アメリカ航空宇宙局(NASA)は、ペルム紀末の生物大量絶滅をめぐる論争に光を当たるため、10万ドルを投入する計画だ。その結果は、2005年の半ばまでには公表される見通しだという。

© 2005 Gifu University, Shin‐Ichi Kawakami, Bunji Tojo.