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地形[7] 馬瀬川
~奪い取られた川~

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【豆知識】

飛騨川は飛騨金山で大きな支流の馬瀬川を合流させている.その合流点は飛騨金山の町の中にあり,そこから下流の七宗ダムまでの約2kmの区間には,飛騨川と平行にその西側に尾根を隔ててもう1本の大きな谷がある.そこには飛騨川と変らないほどの大きな谷でありながら,それを作ったであろう河川が見当たらない.国道41号線もこの区間だけは飛騨川沿いから離れて通っている.この谷にかつて大きな河川が流れていたことは間違いない.ここが飛騨川の旧流路であったと考えることもできるが,この谷の上流側には馬瀬川があることから,ある時点で現在の合流点で飛騨川に馬瀬川の水を取られてしまったために,この谷が枯れ谷となってしまったと考えるのが素直なようである.
飛騨金山より上流の飛騨川は,下呂温泉までの区間に中山七里(なかやましちり)と呼ばれる峡谷を作って流れている.それよりさらに上流では比較的川幅の広い地域を流れる.この幅広い谷は阿寺断層に属する複数の断層が平行して走る地域にあたり,これらの断層群は下呂温泉から南東へ向かって,加子母村や付知町へかけて幅広い断層谷を形成している.ところが,飛騨川はなぜかこの断層谷沿いには流れず,峡谷を作って飛騨金山へと流れてしまった.加子母村周辺には,かつて断層谷沿いに河川が流れたと思われる証拠として古い河川礫の地層が分布しており,どうやら飛騨川は素直に阿寺断層に沿って流れていた時期もあったようである.それが何らかの理由で飛騨金山へ向かって流れるようになり,馬瀬川と合流するようになった.旧馬瀬川は現在の枯れ谷を使って七宗ダムの地点で飛騨川に合流しているように見えるが,その地点より下流の飛騨川は旧馬瀬川であり,水量の多い飛騨川が後からそこにつながったことにより,約2km上流で馬瀬川の水を奪う形で合流させ,新たに旧馬瀬川を飛騨川にして現在の水系を作り上げたようである.ただ,中山七里を作った時期と原因は定かでない.

【関連項目】 地形[6] 位山分水嶺
景勝地[3] 中山七里

【キーワード】 阿寺断層,枯れ谷,下呂温泉,断層谷,中山七里,飛騨金山,飛騨川,七宗ダム,馬瀬川

【関連文献】 なし

【余談】
水争いは農耕社会を象徴するできごとであるが,河川自体が水争いをしているのもおもしろい.ただ,河川に意思があるわけではないから,単に“水は低きに流れる”だけの物理法則に則っているだけである.それを河川の争奪という.

『学習テーマ』
河川の争奪


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