キャメロンの問題提起
マントルからやってくる硫黄は、キャニオン・ダイアブロ隕石と同じ硫黄同位体比をもっていると考えられる。ところが、現在海水中に存在する硫酸の硫黄同位体比は+20‰であり、マントルから供給された硫黄のうち、軽い32Sが選択的に失われたことを物語っている。その原因は海底で硫酸還元バクテリアが硫酸を還元して硫化水素を発生させ、それが鉄と結びついて硫化鉄鉱物を作っていることにある。
では、硫酸還元バクテリアによる硫黄同位体分別は地球史のいつごろから始まったのだろうか。硫酸還元バクテリアが担う地球表層の硫黄サイクルは炭素循環や酸素の歴史とどのように関わっているのだろうか。太古代の海水の硫酸イオン濃度はどれくらいだったのだろうか。これらの疑問を検討するため、キャメロンは太古代、原生代初期の堆積岩の硫化物の硫黄同位体比のデータをとりまとめた。
キャメロンは各地域において、硫黄同位体比の平均値を横軸にとり、そこでのデータのばらつきを縦軸にとって図を作成した。得られたデータの分布を成因的に4つのグループに分類した。
- 第1のグループは、マントルの硫黄同位体比に近いほぼ0‰の同位体組成をもち、データのばらつきが小さいものである。これらのデータを与えた硫化物はマグマ性起源であると解釈された。
- 第2のグループは、中央海嶺の熱水噴出孔の周辺のような高温環境で無機的に海水の硫酸イオンが還元されて硫化物が形成されたものである。これらは第1のグループに比べ、若干大きな硫黄同位体比をもち、データのばらつきも大きくなっている。キャメロンは、この過程でできる硫化物の硫黄同位体比はゼロより小さな値をとる場合もあるとしている。
- 第3のグループは、大きな負の硫黄同位体比と大きなばらつきを持つ。これらの硫化物は硫酸還元バクテリアの硫酸還元起源であると考えられる。
- 第4のグループは、大きな正の硫黄同位体比と大きなばらつきでを持つ。これらは、すでに大きな硫黄同位体比をもっている海水から閉鎖系で硫酸還元が起こったことを示唆している。
太古代に形成された硫化物の硫黄同位体比は、ほとんど例外なく第1のグループに分類される。
一方、明らかに硫酸還元バクテリアの硫黄同位体分別を受けていると考えられる試料に23億年前のバルト盾状地のカレリアシストがある。
この結果を確かめるために、南アフリカの33億年前から20億年前にかけての地層から硫化物を採集し、硫黄同位体分別の大きさを測定した。その結果、23億5000万年あたりで違いが認められた。
その違いをキャメロンは次のように解釈した。硫酸還元バクテリアDesulfovibrio desulfuricansの培養実験によると、培養液中の硫酸イオン濃度が1 mmol∕Lになると、硫酸還元速度が著しく低下することが知られている。堆積岩中の硫化物の硫黄同位体分別が23億年より前と後の時代で異なっていることは、23億年以前の海水中の硫酸イオン濃度が1 mmol∕L(現在の海水の濃度の4%)以下だったのではないか。
23億年前という年代は、クラウドが推定した大気が還元的な状態から酸化的な状態へ遷移した時期とほぼ符合している。
文献
Cameron, EM. 1982. Sulphate and sulphate reduction in early Precambrian ocean. Nature, 296, 145–148.
図1の調査地点
- ● 太古代 (38~25億年前):
- イスア (グリーンランド) (38億年前)
- ノース・ポール (オーストラリア、ピルバラ地塊) と バーバートン (35億年前)
- イルガルン地塊 (27億年前)
- ミチピコテン (カナダ、オンタリオ州) (27億年前)
- ウーマン川 (カナダ、オンタリオ州) (27億年前)
- ローデシア (アフリカ南部、現・ジンバブエ) (27億年前)
- ヴェルフネアルダンスク と ニンムイル層群
- フェドロフカ層群
- オンヴァーワハト と フィグ・ツリー層群 (34億年前)
- ウェスト・ランド・グループ
- ■ Aphebian 1 (25~23億年前):
- マッキム・フラッド と スナイダー層
- □ Aphebian 2 (23~18億年前):
- カレリアン片岩 (23億年前)
- クリヴォイ・ログ (20億年前)
- ハマスレー堆積岩 host rocks
- オンワティン層
- マルマニ層 (23億年前)
- ペンジ層 (19億年前)
- タイムボール・ヒル層
- × Aphebian 未分割:
- カヒル層
- ホームステーク層
- プアマン層
- エリソン層
- + 現代:
- 紅海 熱水域 (現世)